㊗藤井新棋聖!直観力を鍛える方法

昨日は藤井7段が初のタイトル獲得に本当にドキドキしました。将棋のことはまったくわからない私ですが、藤井棋聖誕生までのここ数週間ネットの記事を読みまくっていました。昨日は夕方からABEMATVで生放送をみていましたが渡辺三冠が投了された瞬間は、「これはきっと歴史的瞬間に立ち会えたに違いない」という感動でいっぱい。 もっと将棋がわかればトッププロ棋士の方たちをも感動させる芸術的な差し回しがわかるのにととても残念に思いますが、それでもネットやプロの方たちのコメントにまるで漫画のヒーローのような例えにわくわくします。

高野六段 「彼は、将棋界に神さまがくれた『ギフト』かもしれない」 朝日新聞

高野六段の「フェラーリやベンツを想像していたらジェット機が来た」 (その後「ジェット機は過小評価ですみません、スペースシャトルでした」という趣旨の発言をされてている)文春オンライン

「地球防衛ならず!地球代表・深浦康市九段、将棋星人・藤井総太七段に敗れる」 ABEMA TIMES

渡辺二冠は29連勝を記録した2017年7月「天才という言葉をつかわないで藤井君について説明するのは難しいとおもいます」 Number Web

佐藤九段「プロ棋士が何手先まで読むのか?」という質問に対して、「難解な局面で藤井さんは10手20手先まで読んでいる感じがして、将棋の歴史のなかでもこれだけ読める人がいるのかと思うとされたうえで

「算数の四則計算に例えてみれば、他の棋士が計算力を駆使して’240くらいだ’と概算で計算値を割り出すのに、藤井さんだけは「241.51だ」みたいに、小数点第2に位まできっちり答えてくるような」AERA 2020年7月13日号

AIの計算を超える天才の頭脳のひらめき

佐藤九段のおっしゃる小数点第2位まで計算しているようなという例えや、今回の渡辺二冠との第2戦でAIが5億手読んだときには最善手ではなく、6億手読んだときにはじめて最善手となったという異次元の手をわずか23分でさしたという話は私のような一般人をも驚愕させるには十分すぎるエピソードです。ただ恐ろしいくらいの計算をしているだろうと思う反面、小数点第2位まで計算している、6億手を23分で計算しているのかというとそうではないようでヒフミンさんのだしているこの6億手に対するコメントにも惹かれました。

このツイート自体話題になったので見た方も多いと思いますが「天才棋士の頭脳のきらめきやひらめき」を軽視しているというコメントです。ヒフミンさん自身も80歳を超えた歴戦の稀有の天才棋士であることを考えるとこれはとても深い発言だと感じます。私たちが見えていない風景を見てきているわけですから。

計算と直観力


私は好きな本の1つに羽生九段の「直観力」という本があります。影響を受けた10冊に入れたい本です。将棋はまったくわからない人でも羽生九段が将棋の天才であり7冠を制覇された時の大ブームを覚えていらっしゃる方は多いとおもいます。私もその一人ですが、当時はまさに今の藤井棋聖のフィーバーと同じように日本中大フィーバーになりました。その天才羽生九段が書かれた本で、天才の頭の中を少しのぞくことができるという意味でも貴重ですが、それ以上に将棋に関係なく人生の哲学書としても感動する本です。当時TVで将棋を指している羽生九段の脳波測定器をつけて右脳と左脳の働きを測定している番組をみました。そこでとても印象的だったのは、すこしうろ覚えではあるのですが、羽生九段が集中状態に入っているときには言語や論理性をつかさどる左脳よりも、イメージや直観、芸術をつかさどるとされる右脳の働きが活発になっているというデータ画像が示されていました。

「直観力」の本の中でも羽入九段がおっしゃっていることの中で、1分将棋のように時間がまったくない時に計算ではなくとっさにここではないかとさした手が最善手であって、羽生マジックといわれるような手になったりするそうですが、後で考えてどのようにそれをそう打ったのかわからないのだけれど、直観でそれがさせたというような趣旨のことが書かれていました。でもそれはただの思い付きではなく、突然の天の啓示でもなく、いままでの膨大な修行での積み重ねのデーターが頭の中で蓄積されていて、それをコンピューターのように膨大な計算の結果として取り出すのではなく、瞬間的に高性能なカメラが自動的にピントをあわせるようにそこが中心だと瞬時にわかるなひらめきとしてその手がでてくるというような内容だったとおもいます。

それこそ右脳的な働きで盤上の将棋の局面を1つ1つとらえているわけではなく、まるで1つの絵や図を見るように脳がとらえその中の最善手が形として見える、というようなことでしょうか。同じようなコメントを藤井棋聖のインタビューの中にも見つけました。どの記事だったのかいま検索してもでてこないのですが、全部考えているわけではなく、なんとなくここに置いたら綺麗かな、というように見える(感じる)というような事をおっしゃっていました。もちろんこの何となくというのは普通の人の何となくではなく、羽生九段のおっしゃっているような膨大な過去の棋譜の研究や修行のベースと天賦の才能があっての事ということで額面通りの意味ではないでしょう。

記事としては藤井棋聖がディープランニングについてインタビューに答えているこちらの将棋情報局の記事など

直観力と瞑想の共通点

「直観力」を読んでいると羽生九段の直観力を磨く方法が驚くほど瞑想と似ていることに気が付きます。本の中で「空白をつくる」という章と「何も考えないこと、ひとつのことを考え続けること」という章がありますが、あえて考えない時間を意識的に作ることで頭の中に空白状態をつくるということが大切と書かれています。からっぽの部分がないと創造的思考や深い集中ができないと。深く集中していると時間がたっているかがわからないし、その時のことも思い出せない、またその時何を考えていたか、どういった道筋で結論をだしたか思い出せないそうです。おそらく将棋星人といわれる羽生九段や藤井棋聖がAI越えを言われる手を繰り出しているときはこの深い集中状態、いわゆるゾーンにはいっていると想像します。

 

誰でも天才の境地が体験できる瞑想

この羽生九段や藤井棋聖のような天才に誰でもなれるわけではないですが、このAI越えをも可能にする直観力は普通の人も鍛えることができます。からっぽになる時間を羽生九段がどのように作っているかというも本にかかれているのですが、まさに瞑想の習慣がそれにあたります。瞑想=メディテーションは今はいろいろなやり方が紹介されていて、誰でもどこでも、手ぶらで、空いている時間にできることです。そして私がよくやるのは仕事や私生活で選択に迷っているときに少しの時間瞑想します。つまり「からっぽの時間」を作るということ。選択するうえでの情報はもうすでに自分の中に飽和状態になるほど詰まっています。そういったときになかなか決断できないもの。そこに空白の時間を瞑想によってつくる。潜在意識ではもう答えがでているのか、それとも左脳的情報を右脳的に俯瞰することで余計なものがそぎ落とされるのか、瞑想後には自分の気持ちや選択肢がはっきりしてすっきりとどうするべきか自分自身で決められることがよくあります。瞑想は直観力を鍛える、誰でもいつでもできるとても人生を生きる上での頼もしい助っ人になりえます。

瞑想のやり方などはWTこちらでも紹介しているので参考にしてみてくださいね。

(Rika Taniya)

 

 

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